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さてさて、皆さまに気を持たせている「初詣紀行」紀三井寺の続きです!
前回ご紹介した清浄水のすぐ近くに、芭蕉の歌碑がありました。

紀三井寺は、京阪神では早咲き桜の名所として有名です。まさに京阪神の春は、紀三井寺からやってくるのですね〜〜〜♪

この桜にも面白いお話がありました!
紀三井寺を開山した為光上人は、あるとき、龍神の招きを請け、竜宮城に説法に行かれました。そしてその帰りに、七つの宝物をもらいました。
鈴と、五鈷と、錫杖と、梵鐘と、法螺貝と、応同樹と、七本桜の七つです。
この最後の七本桜の苗木が、この桜の名所の起こりとなりました〜☆

竜宮城まで説法に行くなんてすごいですねぇ。

が、せっかく花見を楽しみにやってきた松尾芭蕉、すでに散り始めていた桜を仰いで、
「みあぐれば 桜しもうて 紀三井寺」
と詠んでおります〜〜〜(>_<)


本殿の近くには、万葉集の歌碑もありましたよ〜(^。^)

「名草山 言にしありけり わが恋の千重の一重も 慰めなくに」

「名草山(なぐさやま)」と、「慰める」をかけているんですね〜

この山は名草山という名前なのに、どうして恋に苦しむ私の心をちっとも慰めてくれないのだろうか…? この恋に千の苦しみがあるのなら、そのうちの一つでも救って欲しいのに・・・

というような意味でしょうか〜(^^ゞ
作者は未詳ですが、恋にもだえる苦しさがひしひしと伝わってきますよね〜
いったい、この作者はどんな恋をしていたのでしょうねぇ・・・
身分違いの恋でしょうか・・・それとも不倫の恋?
そんな苦しい気持ちを抱えて、この山を眺めたのでしょう。
名草山は、とても優しくて美しい山です。
なのに、この作者には、ひとときの安らぎさえ与えてはくれなかったのでしょうか・・・?
ちなみに、名草山は、紀三井寺の背景に広がる山です〜〜〜☆

さて、初詣でにぎわう本殿から、さらに石段は続きます。

護国院多宝塔(ごこくいんたほうとう)

室町時代中期の様式で、
重要文化財にも指定されております〜(^。^)

寺伝によれば、
1441年に、仏塔が風害で倒壊するという事故があり、その後、1449年に再建の勧進が出ているので、多分その頃に建てられたものだと思われます。
本殿から、ほんの少し石段を登っただけなのに、皆さん、目的が初詣だったためか、ここまで登ってくる人はほとんどなくて、ゆっくりと、その美しい姿を鑑賞することができました!(^o^)丿

さらに、ここからも石段は続いていましたが、
「危険なので、夜間等は登らないように!」などという、
恐ろしいことを書いた立て看板が立っておりましたので、
怖がり屋さんのぱいんは、これ以上、上に登ることは断念いたしました〜(^^ゞ
すみません〜〜〜

この多宝塔のすぐ近くに「春子稲荷」という名前のお稲荷さんがありました。
ちょこっと、縁起をお話しますね〜★

今から約400年前の天正13年、織田信長・羽柴秀吉による紀州征伐6万の大群が、根来寺、粉河寺を焼き討ちにして紀三井寺に迫ってきました。

ちょうどその頃、観音堂に仕えていた春子という20才くらいの美女が、突然、須弥壇の中から白狐の姿になって、身を翻して敵の軍営におもむき、霊力を持って武将を威服し、先鋒の将、羽柴秀長から「焼討ち禁制」の書状を得て、紀三井寺及び在所を戦火から救ったそうです。

人々は、春子を、危難除けの春子稲荷として、今もここに祀っているそうです〜(^^)

わ〜〜〜春子さん、すご〜い!(^o^)丿


さすがお正月ですね〜
「新春奉納民謡大会」ということで、
かわいらしい子供たちが踊っておりました〜〜〜♪

さて、とりあえず、これで紀三井寺編は終わりです!
ぱいんは、自分へのお土産に「身代わり大師」のお守りを購入し、
屋台で、フランクフルトと、
関西で一番大きなタコが入っているという(ほんまかいな?)たこ焼き屋さんでたこ焼きを食べ、
次は、和歌浦に向かいます〜〜〜!
(朝昼兼用のような食事だったので、小腹が空いていたのです〜^^;)

では、また次回もお付き合いくださいね〜☆

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